岡山地方裁判所 昭和25年(行モ)7号 決定
申請人 梶田奎吾
被申請人 岡山県立笠岡高等学校長
一、主 文
本件申請はこれを却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
二、事 実
申請代理人は、「被申請人が昭和二十五年九月三十日附申請人に対してなした退学処分は右処分に対する本案訴訟の判決確定に至るまでこれを停止する。」との裁判を求め、その申請の理由として、
一、申請人は昭和二十五年五月一日、岡山県立矢掛高等学校から、同県立笠岡高等学校へ転校し、同校二年生として在学していたものであるが、被申請人は同年六月一日申請人に一ケ月の家庭謹慎を命じ、ついで同年九月三十日附の書面で申請人に退学を命じ、右書面は翌十月一日申請人の許に到達した。
二、しかし、右退学処分は(一)その理由が事実に反する点。(二)著しく不公平かつ過重である点。(三)二重の処分である点で違法である。これを詳述すると、
(一) 退学処分の理由が事実に反する点。
退学処分の理由とするところは、申請人が(1)性行不良で改善の見込がないと認められる者、(2)学力劣等で成業の見込がないと認められる者に該当するというのであるが、社会の通念に照らしても、申請人はそのような改善の見込なく、成業の見込もない程の性行不良、学力劣等者では決してない。
(1) 被申請人が申請人を性行不良で改善の見込がないと認めた根拠は(イ)申請人が矢掛高等学校在学中の昭和二十五年四月二十九日、訴外藤井達雄及び笠岡高等学校生徒森田貞男、同梶田矩之の三名と、矢掛高等学校の化学教室からラジオの部分品を持出したこと。(ロ)同年五月十五日笠岡高等学校生徒坂本武と映画を見に行つたとき喫煙して警察官に発見され説諭を受けたことの二点である。
しかし、右(イ)のラジオ事件は、元来申請人等がラジオに興味をもつていたゝめの一時のいたづらであるのみならず、その後ラジオは返還され、四名とも刑事上の処分を受けずに終つた。この持出を最初に言出したのは森田貞男であるが、同人はこの事件を藤井達雄と申請人がやつたことにしてくれゝば罰金を言渡された場合に支払つてやるからと提案し、藤井はこれを受諾し、申請人も義侠心にかられて応諾してしまい、警察の調のときは四人は事件の顛末につき右の約束どおりに供述した。しかしこの他愛のない申合せは、結局家庭裁判所で破れた。被申請人の本件退学処分は右警察での四人の供述に基いたものである。また(ロ)の喫煙事件も情状極めて軽微なもので、いずれにしてもこの程度では改善の見込がない程の性行不良者とはいえない。
(2) 被申請人は申請人を学力劣等で、成業の見込がないというが、申請人は叙上のように笠岡高等学校に転校して未だ一学期しか就業していないし、その間一ケ月の謹慎を命ぜられたのにもかゝわらず、その成績は五点満点で平均二点三分である。成業の見込がないとはいえない。
(3) 元来性行不良で改善の見込がないとか、学力劣等で成業の見込がないとかいうことは軽々にいうべきではない。申請人としては自己の非を認めてひたすら謹慎し、今後大いに勉強する決意に燃えている。叙上のような申請人の性行学力程度でこれを退学処分に付すべきものとすれば、かなり多くの生徒を退学にせねばならなくなる。しかし被申請人も他の学校長も決してそのような処分はしていない。また被申請人は申請人法定代理人に対し、申請人の他の学校への転校につき尽力するという。このことは申請人を改善の見込がないとか成業の見込がないとかいうことがそれ自体根拠のない判断であることを示している。何となれば、改善の見込なく成業の見込もない者の転校を他の学校長に要求することになるからである。要するに被申請人の判断は根拠がなく、事実に反している。
(二) 退学処分が著しく不公平かつ過重である点。
申請人に叙上のラジオ事件や喫煙事件がある以上、申請人が或る程度の処分を受けることはやむを得ない。しかし、被申請人の本件退学処分は社会通念に照らし著しく苛酷かつ不公平である。右ラジオ事件で申請人と行動を共にした叙上二人の生徒のうち、梶田矩之は謹慎十五日の処分を受けたに止る。他の一人の生徒森田貞男は全然何等の処分も受けなかつたのである。これに反して申請人に対しては、被申請人は最初家庭謹慎一ケ月を命じ、ついで転校を慫慂し、申請人の法定代理人が異議をのべたところ、遂に退学処分に付したのである。しかも他の二人の生徒すなわち梶田矩之と森田貞男は右事件の当日他に野球のマスクをも窃取しているのであつて、それが申請人の喫煙事件以上の罪質を持つことは、普通の常識からして肯定せられるところである。つぎに申請人の喫煙事件であるが、この事件で申請人とゝもに喫煙した叙上の生徒坂本武はその外に井笠鉄道の列車の連結器の管を蹴り落して鉄道員からパスを取上げられたこともあるのに、被申請人からは謹慎一週間の処分を受けたに過ぎない。右の説明で明かなとおり、申請人に対する被申請人の処分は叙上他の生徒に対する処分に比し、極めて重く、彼此均衡がとれず、著しく不公平なものである。
(三) 退学処分が二重の処分である点。
被申請人は申請人に対し、叙上のように最初家庭謹慎一ケ月を命じ、その後申請人がひたすら謹慎し、同年七月二日被申請人より命ぜらるゝまゝ自己の謹慎日誌を提出したところ、被申請人は事件のことはこれですんだとしつゝ申請人に転校方を慫慂し、申請人法定代理人がこれに異議をのべたところ、遂に本件退学処分に出でたのであつて、これはいわば二重の刑罰を科したものである。
以上説明のように被申請人の申請人に対する本件退学処分は違法である。
三、よつて申請人は御庁に対し右退学処分の取消を求める本案訴訟を提起しているが、その確定には相当の時日を要し、その間申請人は学校に登校できず大切な少年期に、学業に著しい遅れを来たし、償うことのできない重大な損失を蒙るので、これを避けるため本件申請に及ぶ旨主張した。(疎明省略)
三、理 由
一、被申請人本人審尋の結果によると、申請人が昭和二十五年五月一日、岡山県立矢掛高等学校から、同県立笠岡高等学校に転校し、同校二年生として在学していたものであること並に被申請人が同年九月三十日附書面で、申請人が岡山県立高等学校学則第二十四条第一項所定の退学を命じ得る場合として定められた、同項第一号の性行不良で改善の見込がないと認められる者、同第二号の学力劣等で成業の見込がないと認められる者に該当すると認めて申請人に退学を命じ、右書面が翌十月一日申請人の許に到達したことを認め得べく、これを覆すに足る疎明資料はない。
二、申請人は右退学処分の違法理由として叙上事実摘示の二の(一)乃至(三)のとおり主張するけれども、該主張は認容し難い。すなわち、
(一) 退学処分の理由が事実に反する点。
乙第一、三号証に被申請人本人審尋の結果を綜合すると、
(1) 被申請人が申請人を性行不良で改善の見込がないと認めたのは同人に対するその前在校矢掛高等学校の一年生当時の指導要録により申請人の出席記録が甚だしく悪く性格稍異状の傾向があつて要注意の人物と認められたので、被申請人としては申請人の叙上転校を問題にしたが、学区制の関係から拒み難く、結局申請人父子から申請人にはこれまで不良行為は絶対にない。将来も専ら勉強に励み、学生の本分にもどるような行為にしない。もし約束に背くようなことがあつたら、如何なる制裁にも服する旨の誓約書をとつて転校を許したのであること。しかるに、申請人は同年四月二十五日、居村の藤井達雄、森田貞男、梶田矩之と共謀し、矢掛高等学校から同校のラジオ四台を窃取した外、同年五月十三日には、笠岡映画館で喫煙して警察官に現認され、説諭されたこと。右二つの事件で、申請人は学校当局の取調に際し、終始反抗的態度をとり、何等改悛の情が認められなかつたことなど諸般の事情を綜合して判断したものであり、
(2) 被申請人が申請人を学力劣等で成業の見込がないと認めたのは、申請人に対する叙上矢掛高等学校一年生当時の指導要録により、学業成績極めて劣等で、殊に英語は仮認定を受けた程度であることが認められ、笠岡高等学校二年に転校後も、学習意欲なく、成績劣等であつたことなど、諸般の事情を綜合して判断したものである、
ことを認めるに十分であり、叙上認定に反する甲第一号証の記載部分並に申請人法定代理人審尋の結果は措信し難く、他に右認定を覆し申請人のこれに反する叙上主張事実を肯定するに足る疎明資料はない。
申請人は被申請人が本件退学処分前申請人に転校を慫慂したことをもつて、該処分が根拠のない判断であることを示す証左であるというけれども、生徒に対し直ちに退学を命じ得る理由がある場合でも、学校としてはその教育技術的な見地から一応これに転校を慫慂し、転校による環境の変化で、当該生徒の更生を企図する場合もあるのであるから、仮に転校慫慂の事実があつたとしても、その一事をもつて右判断を左右するに足りない。
(二) 退学処分が著しく不公平かつ過重である点。
申請人に対する本件退学処分の事由は叙上説明のとおりであつて、この点に関する申請人の主張は誤認があるのみならず、乙第二号証に被申請人本人審尋の結果を綜合すると、
(1) 梶田矩之については、叙上のとおり同人は申請人等と共謀の上ラジオを窃取し、かつキヤツチ面を窃取したが、警察及び学校の取調べに際しては卒直で、改悛の情が認められ、なお本人の平素の素行態度は良好であるので、被申請人は同年六月十一日、申請人に無期家庭謹慎を命じたが、謹慎中本人の改悛の情顕著なものを認め、父兄の卒直な教育的責任感と熱意も十分認められ、将来の見通しもついたので、同月二十七日父兄及び本人を呼出し厳重訓戒を加え将来を誓わしめて謹慎処分を解いたものであること。
(2) 森田貞男も同様申請人等とラジオ窃盗の共犯関係があつたのであるが、本人は警察及び学校の取調べに対しては卒直で、平素至極純真、円満なる性格で、学習態度も良好であるので、被申請人は同月十一日父兄を呼出して本人及び父兄に対し厳重な訓戒を与え、将来を誓はしめたものであること。
(3) 坂本武については、同人は申請人が叙上の笠岡映画館で喫煙した際、これと同席してともに喫煙した外、当時井笠鉄道に乗車して悪戯したゝめ、鉄道員から叱責され、パスを取上げられたのであるが、学校の取調に対する態度は卒直で、改悛の情が十分認められたので、被申請人は同月二日同人に無期家庭謹慎を命じ、その後の反省状態も良好なので、同月十日右謹慎を解いたこと、
の各事実を認め得べく、他に右認定を覆し、申請人のこれに反する叙上主張事実を肯定するに足る疎明資料はない。そして、以上説明の各事実関係を彼此較量しても、申請人に対する本件退学処分をもつて、申請人主張のように社会通念に照らし、不公平かつ過重であるとは認め難い。
(三) 退学処分が二重の処分である点。
乙第一号証に被申請人本人審尋の結果を綜合すると、被申請人は申請人に対する叙上ラジオ事件と喫煙事件を知り、一応の調査をしたが、なお一層の実情調査を慎重にしなければならないので、取りあえず同年六月一日申請人に無期家庭謹慎を命じ、その後慎重に実状調査をした結果、同月二十九日の職員会議において、申請人に対し、同年八月三十一日までは平常どおり登校を許すこと。その間申請人は他に転校するか自主的に退学すること。もし転校も退学もしないときは、申請人に退学を命ずることの条件付で一応右家庭謹慎を解く旨議決せられ、翌七月一日被申請人より申請人法定代理人にその旨申渡したのであるが、その後申請人には右転校乃至退学の意思がないことが判明したので、被申請人は同年九月三十日、県教育委員会に届出て、本件退学処分をするに至つたことを認め得べく、他に右認定を覆し、申請人のこれに反する叙上主張事実を肯定するに足る疎明資料はない。
このように被申請人が申請人に対し、叙上無期家庭謹慎を命じたのは、実状調査のため行つた応急的措置であり、本件退学処分は被申請人がその後の調査に基いてした、終局的処分と認むべきであるから、その間に申請人主張のような二重処分の観念を容るゝ余地はない。
以上要するに本件退学処分は被申請人が申請人の性行、学力、その他諸般の事情を検討した上、倫理的な学校教育運営に関する綜合的見地から、叙上学則の定めるところに基き、止むなく行つたものであり、該処分に申請人主張のような違法ありとは認め難い。
三、しからば、申請人が本件退学処分の執行により、その主張のような損害を蒙るとしても、それは該行政処分の執行に伴う当然の結果であり、その回復を求め得るが如き真の意味の損害とはいゝ難く、かゝる損害の救済を目的とする行政処分の執行停止は許すべからざるものと解すべきである。従つて本件申請は申請人その余の主張に関する判断を俟つまでもなく、既にこの点において失当に帰するから、これを却下すべきものとし申請費用につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し主文の通り決定する。
(裁判官 井上門了 林歓一 辻川利正)